――現在は台湾に滞在する予定を立てているそうですが、なぜ台湾なのですか?
今中 10年くらい前、中国語に興味が出てきた。ちょっと新しいことを勉強したい欲求が出てきて、語学も好きだったから勉強し出した。北京に3か月滞在して語学学校にも行った。北京の人は見た目は同じアジア人だけど、発想も考え方も違うし、なんとなくアメリカ人に似てるなぁと思った。率直にものを言う感じとか。言語も英語にちょっと似てると思うとこがあって。自分の頭で考えてるつもりでも、実はその言語 によってうまくコントロールされてる。頭の中に入っているのが中国語OSなのか、日本語OSなのか。台湾は一昨年の4月くらいに初めて行ったの。そうすると自分が求めていた中国の原風景みたいなのがあった。もう本土にはないけれども、台湾にはあった。あぁ、懐かしい、って。自分たちが日本文化だと思ってるもののルーツになってるものが そこにあるから、それもすごくおもしろ い。それはビジュアル的な建物とか漢字とかってのもあるし、言語的なものもある。同じ漢字使ってるのに、文法が違うから発想が違うでしょ。知らないことがすごくおもしろいんだよね。食べ物おいしいし(笑)。
――今中さんの作品には台湾以外にも異国のものが登場します。かつて日本がシルクロードで世界と繋がっていたことを考えると、そうした異国の文化に懐かしさを感じるのは納得できますね。
今中 そういうふうに僕の作品をコンセプチュアルに捉える人もいるけど、自分でそういう意識はない。僕の世代はすごくコ ンセプチュアルな世界に行った人が多い と思うけど、僕はちょっと肌に合わなかったというか、僕のやることじゃないなと思った。コンテンポラリーの人間だけど、やっていることはモダン・ペイントに属していると思う。僕が惹かれるのは世紀初 頭の、本当に絵を描いてた時代の人たちだ から、今のトレンドがどうのこうのじゃなくて、やっぱり好きなことしたいなぁと思ってる。
聞き手・執筆 大瀬友美
今中 信一|いまなか しんいち
1966年生まれ、兵庫県出身。 高校卒業後に渡米し、映画制作を学ぶためシカゴ美術 館附属美術大学に入学。好きな映画監督の多くが絵を 描くことを知り、自らも絵を始める。2000年、フ リーでの活動開始。2005年、絵本「あっ! ぼくがさ がしていたものは」(講談社刊)を出版。今までに 10 以上の国を訪れ、そこで見たものはしばしば作品にも 登場する。次なる目的地は台湾だそう。

ARTIST INTERVIEW
ペインター 今中 信一

たくさんある世界をみてみたい


画家であり、イラストレーターである今中信一さん。愛嬌のあるポートレートは本の表紙や広告などで見かけたことのある方も多いのではないでしょうか。売れっ子イラストレーターがアトリエを構えるのはもちろん東京、ではなく地元・西脇市。海外に滞在しながら仕事をこなすこともある。ひとつの土地に縛られない今中さんの価値観とワークスタイルについてうかがった。
――今中さんはアメリカで美術を学ばれましたが、卒業の翌年には帰国されています。アメリカに残ろうとは思いませんでしたか?
今中 アメリカで、差別されたわけじゃな いけども、やっぱりアジア人だからマイノリティとして扱われるのね。僕は日本人としての意識でずっと生活してたけれど、ある程度しゃべれるようになって、考え方も、生活も、人との付き合い方もアメリカ人みたいになってたから、アメリカ人側からすると僕はマイノリティのアメリカ人だったわけ。あるとき、「マイノリティのグループ展があるけど、参加する?」って言われて、「あれ?」って思っちゃったのね。どんなに頑張ってもマジョリティにはなれない国なんだと。それと、日本の社会に一回出ておいたほうがいいんじゃないかっていうのがあったので帰ってきた。ビザが切れるっていうのもあったし。
――帰国後は一旦東京で就職されましたが、今は地元の西脇市に戻ってきておられます。アートやデザインの仕事をするならば、ニューヨークや東京にいたほうが有利に思えますが。
今中 地理的な問題は全然ない。イラストの仕事はアマナイメージズ (ストックフォト販売のオンラインサービス) で始めた。インターネットがなかったらイラストの仕事してなかったと思う。2000年くらいでわりと回線も早くなったから、いろんな資料をネットから引っ張りやすくなってきた。そうするとネットに上げてる資料を見た人から問い合わせが来る。イラストを始めたときはまだ東京にいたけど、営業もそんなにしてなかったし。打ち合わせは、東 京にいたときは大体行ってたんだけど、最近はメールで。たまたま東京にいるときに「今から行きます」って言っても、「いや、いいです」って(笑)。
―― では、またアメリカへ行きたい気持 ちもあまりありませんか?
今中 また行きたいと思ってるけど、他にもおもしろい国いっぱいあるじゃない。アートってことだけで言ったらニュー ヨークとかのメジャーなところに行った方が、画廊さんも多いし、マーケットも大きいし有利なんだろうけど、それだけが理由にはならないから。アートは自分の生活、人生の一部であるけれども、それがすべてではなくなっちゃったの。知らない世界を見るっていう意味でニューヨークも興味はあるけども、すごくたくさんある世 界の一部分でしかない感じがする。日本もすごい自分に合っているかっていうと、どこかに違和感がある。どこにいってもボーダーにいる感じがする。今は田舎に帰っているけども、ここに帰属してる意識がない。そういう感覚だと、アメリカに行っても、どこに行っても、あんまり 変わらない。遠くからみている感じが自分 にとって自然だから、その状態が心地いいっていうのがある。外国人でいることのほうが楽。だから海外に行って、平気で 2ヶ月、3ヶ月、半年と生活できるのは、たぶんそういうところ。